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2013年4月30日火曜日

dernières nouvelles-近況報告‐

御無沙汰しております。私はセネガルで元気にしています。

あまりにも更新が滞っていて、恐らく母親が心配しているのではないかと思うので近況報告致します。

ジャパンアートマイルプロジェクトに関して

横浜市立高田小学校とCEM1de Dahra(ダーラ市立第一中学校)で共同制作した壁画が第5回アフリカ開発会議(TICAD V)に向けて横浜市の市バスにラッピングされる事になりました。

以下詳細




2013年4月にJICA's Worldにても記事に取り上げられました。
横浜からセネガルに繋がる


アートマイルプロジェクトに関して以下のブログで記事を書いています。

JICA World Reporter

開発メディアganas (20135月号のクロスロードに活動が掲載されています)


2.セネガル市場調査団

今、セネガル隊員と某国際機関の方中心にセネガルで市場調査を進めています。市場調査を始めるに至ったきっかけは某国際機関の方であり我々がとてもお世話になっている方からのこの一言でした。
ここ最近、アフリカ市場に興味をもっている企業は増えてきたけど、彼らが実際アフリカの田舎でトラクター、インスタント麺、ソーラーランタンを売るにはどうしたらいいか、というレベルで具体的なソリューションを提案できるのは新興国の農村部でがんばっている協力隊の皆だと僕は思う

この一言から村で生活している我々隊員の情報はとても貴重なものであり、それを資料として纏める事に価値があると改めて認識しました。隊員生活、最初は生活に慣れるのに時間がかかったり、活動を形にするまでに時間がかかってしまったりでなかなか自身の活動に自信をもっていない隊員は意外といます。また、普段身近であるセネガル人との生活が日常になり、あらゆる事に客観的に見る視点が欠けがちになります。しかし、現場に最も近い存在であり、現地の人と生活し、活動しているため、彼らの事を良く知っているのは我々隊員なのです。彼らとの生活が日常になり、当たり前になっている中でもう一度客観的にセネガルでの生活を見直す必要性を感じました。

市場調査の目的はあくまで隊員の活動向上なのですが、普段身近であるセネガル人の生活や家計について調べる事でより多くの人がアフリカに興味をもつきっかけとなればなと思っています。

ちなみに私は現在、「家計における教育費の位置づけと教育投資における決定要因」に関して調査中です。詳しい内容に関しては以下の記事に纏めたのでご覧ください。

【セネガル協力隊がゆく(4)】15人家族の生活費は1カ月2万5000円、教育費を捻出する余裕はない 

ブログを3つ、もしかしたら4つになるかもしれない状況でなかなか個人ブログを更新できていないのですが、他の媒体でも情報発信していますのでそちらでも是非ご覧ください。

2013年2月4日月曜日

J'ai commencé à faire le jardin scolaire à Ndiahye‐学校菜園始めました@ンジャハイ村‐

以前Ndiahye(ンジャハイ)村(ダーラから約25㎞先)の小学校校長とダーラ市内で出逢い、アンケート調査に協力してもらった際に「学校菜園をやりたいと思っている。協力してくれないか?」と言われていた。

この校長は私の前任者がかなり御世話になっていてかなり信頼をおいている人でもあった。彼のやる気がどれくらいあるのか懐疑的ではあったが、一度学校訪問してから検討してみる事にした。ちょうどダーラとリンゲールの間の村でもあり、隣町リンゲール(40㎞先)の野菜隊員がその周辺村で活動していたので協力を呼びかけた。

1月29日、Ndiahye村小学校に訪問。アンケート調査をした時に生徒19名、校長たった一人で授業をやっていると聞いていたので、どんな学校なんだろうと思っていたけど、来てみるとしっかりとした校舎、瓦礫の囲い、トイレ設置有、広い校庭があった。

これは学校菜園の可能性大(瓦礫の囲い=家畜が入ってこない、広い校庭=十分な学校菜園の場所確保可、学校自体に水はないけど、井戸が学校近辺にある)

野菜隊員が人参、大根、オクラ、ビサップ、キャベツ、トウガラシ、トマト、ナスの種をもっているので、それらの野菜栽培を現在検討中。そして校庭の中で菜園の場所を定め、土や堆肥を作るための材料を準備しておいてもらうよう伝える。

2月1日(金)、Ndiahye村小学校に再び訪問。なんとちゃんと場所確保、準備を行っていた。


朝食を頂き、その後いざ作業へ!
まずは土づくりから。1.形を整える。2.水を浸み込ませ土を柔らかくする(この際大量の水を使用)。

校長が畑の土づくりの準備している様子
水を浸み込ませた後、3.馬糞、藁、炭の灰を投入する。4.3で投入したものを土に混ぜる作業を行う。
頑張って堀起こし、混ぜる作業を行った時の様子。結構力が必要!
こうやって野菜栽培のための土づくりがなされる。本当に学ぶ事が多い。

まずは5つの畑を皆でつくった
次に堆肥を作る作業。1.より発酵させるためかなり深く穴を掘る(目安は膝より少し下)。保護者会(APE)のメンバーであるおじちゃん、頑張って掘ってくれた。
2.次に馬糞、藁を投入。その後土をかぶせて発酵するのを待つ。(野菜隊員によると2週間後くらいに落花生(ピーナッツ)の殻、水を投入するとの事。堆肥が作られるのは結構先になるのかも)
次に堆肥を作る作業。

堆肥作成後、畑に投入!
井戸から汲んできた水をここに入れて、如雨露やバケツを使って水を運ぶ。
農作業は肉体労働で、疲れるけれども、なかなか楽しかった。何より野菜隊員から学ぶ事多し。

野菜栽培をやっている先輩隊員は3月に帰国してしまうので、それまでに色々野菜栽培に関する知識とスキルを身に付けさせてもらえたらと目論んでいる。

農業、家畜、セネガルにいる間じゃないとなかなかできない事を今のうちにやっておきたい。


【専門性に関して】

学校訪問をして、学校菜園を始める話をしている時、野菜隊員と一緒にいたせいもあるが、自身は単なる人と人を繋げているパイプ役となっているだけで私自身に価値がないのではないかと思い始めた。野菜隊員は野菜栽培をやりたい人がいれば必ず必要とされる。自身の専門性のなさ、ジェネラリストである事を思いっきし突き付けられた瞬間であった。

赴任当初から「何ができるの?」とは常に聞かれていた。でも、現場の状況を知らずして自分ができる事をこなすだけの活動なんて意味がないと思い、情報収集に努めた。アンケート調査等を通して情報収集を行う事自体は良い事だけれども、改めて技術的なスキル、知識が欲しいと思った。

まだまだ色んな覚悟や自信がないのだけれども、専門性をもち、「自分はこれができる!」というものをきちんともって生きていきたいと思った。

今後、活動とは別にNGOの活動で保健・衛生分野、マイクロファイナンス事業を見ていきたいと思っている。保健分野は教育に結びつきやすいという意味合いで見ていこうと思っているけれども、マイクロファイナンス事業自体は個人的にも関心があり、今後活動の中でも寄付金を利用してマイクロファイナンスの仕組みを利用していこうと思っていて、少しでも学校運営費向上できたらと思っている。

学校菜園、寄付金を利用したマイクロファイナンス事業、別枠でNGOの保健・衛生関連の活動を見ていく事は結構きついかもしれないし、色々と手を出し過ぎなのでは?と自分自身でも思ったりしている。しかしながら、今のうちに現場にいるうちに見ておかなければと思う気持ちもあり、活動と上手くバランス保ちながらやっていきたい。

La Peinture Mural Projet du Japon Art Mile -ジャパンアートマイルプロジェクト- 問題→反省→改善

2013年1月30日、任地ダーラに横浜の高田小学校から壁画と絵の具セットが届いた!

ちなみに壁画制作する画材は屋外展示が可能なアートマイルキャンバス(ビニール製規定サイズ:1.5m×3.6m)とキャンバス地専用の水性アクリル絵の具(8色)のセット。初めて参加する学校には無料で提供される。

アートマイルプロジェクト壁画制作に参加する生徒と私
学校交流にあたってインターネット活用する必要有との事だったので、それを基準に学校を選出。最終的にダーラ市内の中学校(CEM1 de Dhara)で参加する事に。しかしながら、結果的にはインターネットを活用した学校交流を行う事はなく(高田小学校もインターネット環境がないため)、ビデオによる映像を使って学校紹介を行い、後は先生と個人的に連絡を取りつつの壁画テーマ「スポーツ」と決めたり、進捗状況の報告を行った。直接的な交流がなかった事は非常に残念であるし、相手校である小学校が委員会の一環でやっていたため(月1回の集まりのみ)十分な時間が取れなかったのは本当に残念。

CEM1de Dhara中学校も新学期が始まる10月から図工の先生が定年退職し、図工の時間がなくなった。更に急に高校を併設し始めたり、土曜日に行っていた授業をなくし、月曜日から金曜日までタイトな時間割を組みだし色々と予測つかない出来事が起こった(ある程度は最悪な状況を考えておかなければならないのだけれども)。土曜日の授業がなくなった事は非常に困った。月曜日から金曜日まで授業が詰まっている為、壁画制作を行えないので、土曜日にやろうと目論んでいたけど、自主的参加を促さなければならなくなった。

とりあえず、12月はセネガルの学校、生活、文化紹介のビデオを作成時に協力してくれた生徒中心に壁画のデザイン作成してもらったり、視聴覚教育隊員が作成した震災ビデオを見てもらって日本に対する関心を高めた。

東日本大震災のビデオを鑑賞する生徒達

12月は同時に学校環境改善・学校運営向上に向けたアンケート調査を行っていたので、会合は週1回土曜日に市役所で集まって1時間くらい話し合う程度。

1月は帰国する先輩隊員の送別会、報告会、健康診断、隊員総会で約2週間くらいダカールに滞在していた。



そして、1月30日に無事壁画が到着。いよいよ壁画制作開始!だったのだけれども・・・。

2月2日土曜日、生徒に壁画と一緒に写真を撮るのに参加してもらい、いざ、下絵に色を塗ろう、デザインに工夫を凝らそうと思ったのたけど・・・・。

私:「バオバブの木(アフリカで有名な木)描ける?」
生徒1:「絵が描けない」

私:「あなたは描ける?」
生徒2:「僕も描けない」

といった感じで全員(5人)に「描けない」と言われてしまい、困惑。

私:「絵は別に上手く描けなくても楽しめたらいいんだよ!」と言っても
生徒3:「私下手なんだよね・・・・・」

とこんな感じでコミュニケーションが続き、生徒が壁画制作に対して意外にネガティブな姿勢で取り組んでいる事を全く予想できていなかった(練習が足らなかった)。

更に一人の女子生徒の自己中っぷりに耐え切れず思わず憤怒。彼女は前々から仲良くしている子なのだけれども、自分の都合に合わせてほしがる。

今回、写真撮影を土曜日にしようと言ったのは彼女自身だし、土曜日に彼女の授業が終わるまで他の仲間と一緒に待っていたのにもかかわらず「私、写真撮りたくない」と言いだした。とりあえず、「参加するなら一緒に写真撮ろうよ!」と促し、なんとか写真撮影を終える。その後、下絵に色を塗ってモデル作成をしようと思った私は「皆昼食前でお腹すいていると思うけど、15分だけ時間ちょうだい!」と言ったのだれども、彼女は一人耐え切れず、食べ物を求めて売店まで行ってしまった。仕方ないので、他の仲間と色塗り開始していたら、彼女が戻ってきた時、私に「従妹に写真送りたいから私の写真撮ってくれない?」と言ってきた。彼女の自分勝手ぶりにとうとう怒りが頂点に達し、思わず直接的に「本当に自分の事しか考えてないのね!」と言うと、彼女はきょとんとして、何が言いたいのといわんばかりの表情をして、「もしかして私がselfish(自己中)って言いたいの?」と言ってきたので、「そうだよ!」と言い返すと、涙目に・・・・・・。

今まで誰にも言われてこなかったのだろうと思ったけど、彼女はまだ中学生。大人ぶっているけど、まだまだ子供。ひどく傷つけてしまった。

とりあえず、彼女は悲しみ、その後怒りを私にぶつけてきたので更に喧嘩が悪化。とりあえず喧嘩したままの状態で別れた。

私の拙いウォロフ語、フランス語で思っている事を説明したもんだから上手く説明できていなかったし、彼女も私の言いたい事を理解していないと思われる。(なので、後に手紙を書いた)

とりあえず、今回の件でアートマイルプロジェクトを行っていく上での反省点として、
・コミュニケーション不足
・壁画制作のスケジュールが不明確、共有できていない
・目的、理念がはっきりしていない、共有されていない
・生徒達にとってのメリットがはっきりしていない、ただただやらされている感があった

本来ならば、一緒に先生がいて、クラスでやるのがベスト。その先生と相談しながらクラスで指揮を執ってもらった方が私もやりやすい。しかし、今回はそうはいかない・・・・。絵の指導する先生もいなければ先生は通常土曜日は来ない。仕事を増やすだけ。

自身のマネジメント能力のなさに非常に凹んだ。1年経ったのにまだまだ予測できない事態に対処する能力、言語能力が足らない。

ひとまず上記の反省点に対する解決策を考え、明日(月曜日)校長先生が出張から帰ってくるんで、届いた壁画を見てもらい、今後の計画を立てていこうと思う。

2月に壁画を完成させ、無事3月初旬に展示会を開催できるように頑張ろう。まだまだ頭の中で考えているだけでふわふわしているけど、文章化し、計画を立ててそれをもとに人々に伝えていこうと思います。残り1年間、行き当たりばったりな状況をなくし、最悪の事態を常に想定し、冷静に対応できるようになっておきたい。

※長文すみません。最後まで読んでくれた方々有難うございます。

2013年1月30日水曜日

Le rapport de mon activités ‐1年報告会‐


1月11日、無事1年報告会を終えました!

セネガル服を着て1年間の活動発表!


2012年1月11日にセネガルに赴任してから本当に色々な事があった。イギリス留学時以上に自分と向き合う時間が長く、今までの人生の中で1番泣いたと思う・・・・・。それだけ自分の弱さを自覚したと同時にこの1年での自分の成長を感じられたと思う。それも全て私を支えてくれている人々のおかげ。この場にて感謝の意を表したい。


以下、報告会で使用したPPT。これだけ見ても分かりにくいけど、少しでも私の活動が伝われば幸いです。









中間報告会時点との今後の活動計画の変更

中間報告会時、研修を13校の小学校対象予定していた。けれども、現在アンケート調査を実施した全37校対象に研修を考えている(一気に学校関係者を集めるのではなく、何校かに分けて実施予定)。アンケート調査をしてまだ各学校のデータ分析結果を文書上に纏めきれていないけれども、各学校様々な問題を抱えているのは自身で認識している。せっかく時間をかけてやった調査でもあるわけだし、その意味合いを見出すためにも一つ一つのフォローアップをしていきたいと思う。

まだ具体的な活動年間スケジュールを立てれていないので、計画作成次第またブログに記述します。


後、活動の1年の振り返りに関しては以下のブログも拝見して頂きたい。
JICA World Reporter

暫くブログ更新が滞っていたので、今後は定期的な更新(最低月1)を心掛けたい。JICA World Reporterでは今後主に活動に関して綴っていきたいと思う。この個人ブログでももちろん、活動に関して記載していくが、今後は生活面、セネガルに関して想う事等綴っていきたい。

新年会@大使公邸

この1年の成果

・活動における協力者が見つかった。
・信頼できる友人ができた。
・配属先上司(視学官)に活動の頑張りを認めてもらえた。
(毎月出している活動報告書をわざわざ文書に纏めてくれていた事やIDEN視学官長に仕事の頑張っている様子を伝えてくれた事から)
・活動における自身のポジションが明確になった。
(毎回、「何の仕事をしているの?」と聞かれると逐一その時自身がしている活動を説明していた。一言で説明できないかと(例えば野菜栽培、小学校教諭等)ずっと考えていて見つけた答えが「coordinatrice‐調整者‐」)いわゆる、私は配属先である教育委員会、学校、学校運営委員会(CGE)の調整役であると今は自信もって説明できる。


目に見える数値、人々の意識変化等まだまだ目に見える形の成果が表れていない。残り1年、どういう形で成果を残していくか、しっかり計画立てて考え実行に移していきたいと思う。

2012年12月22日土曜日

Synthèse sur la enquête éducative -学校環境・運営改善に関するアンケート調査 総括-

12月20日、ようやく学校環境・運営に関するアンケート調査を終えた。対象はチャメヌパス地域(23校)、ダーラ市内(12校)の計35校の小学校だったけれど、たまたま遭遇した他の地域の村落部小学校校長にも協力してもらい、結果的には37校でアンケート調査を実施した。

今回、アンケート作成者であるSidy(以前Melakh小学校校長、現在ダーラ市内の中学校の数学教師)、同任地の先輩隊員に協力してもらい、無事に12月中に終える事ができて本当に良かった。2人に感謝!

アンケート調査を経て学んだ事と気づいた事
・自身が作成したものではない質問票を使って代わりに説明する事は難しい。
・初めて行く学校ではなかなか信頼関係構築ができていないため、コミュニケーションを図る事が通常より困難。
・自身のコミュニケーション能力の低さ(主にフランス語、ウォロフ語において)、アンケート調査実施にあたる知識・スキル不足を痛感。
・質問に対する回答は全て3択式(簡単に言えば①いいえ、③どちらでもない、⑤はい、といった具合)。どの回答にも該当するもしくは該当しない場合の選び方が困難。
・アンケート調査を通して実際に学校運営、資金管理等の仕組みが分かった。

良かった事
・毎回、前日になるべく相手(校長先生)の都合の良い時間帯に合わせてアポ取っていたのだけど、大体の人が時間通りに学校にいてくれた。
・CGEメンバーの代表者、会計係を呼んできてほしいと頼んでいたらきちんと呼んでくれていた(中には仕事の都合上会えなかった人たちも多々いる)
・アンケートの質問項目に対して適切に答えてくれた(きちんと自身の運営が上手くいっていない場合に「No」と言ってくれる人は正直である)。
・CGE内規、貸借対照表、学校のプログラムを嫌がらずに見せてくれた人達がいた(きちんとやっている証拠である)。
・アンケート調査活動に快く協力してくれる人、有難いと言ってくれた人、自身の問題が明確になったと言ってくれた人達がいた。

悪かった事
・アンケート実施後、見返りや資金援助を求められる事が多々あった。確かに以前JICAの教育環境改善プロジェクト(PAESフェーズ1)が入っていて資金援助がなされていたとはいえ、援助慣れしている学校に対してはやはり残念に思う(現にJOCVは問題提起してくれるけど、解決策は提示してくれないとまで言われた。なぜJOCVが解決策を提示しなければならないのか疑問に思った。答えを見つけるのは彼らの仕事である。)
・個人の私物を要求された事(パソコン、バイク等)
・アンケート調査に対してInspection(検査)だと思っている人がいた(色々資料を見せてと言ったのでこう思われるのは仕方ない部分はある)。

37校でアンケート調査を実施できた事は良かったけれども、まだまだ質の部分(質問内容、インタビューの仕方等)では課題があるので今後自身が研究で調査させてもらう時にはそこを改善した状態で行えるようにしたい。

今後、アンケート結果をデータ化してCPとともに分析し、その結果に関して情報共有及び意見交換という形で研修を行っていきたいと考えている。

ダーラ市内の小学校Ngo,m、ダーラには2校日本の援助で建設された学校がある。


2012年11月18日日曜日

Faire une enquéte à l'école primaire de Melakh -アンケート調査@Melakh小学校-

11月16日、Melakh小学校の校長、Sidyが作成した質問票をもとにまずはMelakhにて第1回アンケート調査を実施!

数名集めてのアンケート実施となると思いきや、Sidyが学校運営委員会(CGE)代表者、先生方を集めてくれたので、計11名(Sidy入れて12名)にて調査を行う事ができた。

今回、第1回目ということもあり作成者であるSidyに解説してもらいつつ、私は記録、集計係として調査を進めていった。

質問項目を説明する様子

質問を聞いている先生方の様子

1番右に座っているのがCGE代表者

アンケート調査をして気付いた事は意外に学校関係者、CGE内で情報が共有されていなかった事。例えば、「学校の目的(ビジョン/ミッション)を明確に説明できますか?」という質問に対して「Yes!」と答える先生もいたのだけれども、結局その目的内容に関して先生同士で共有されていない事が改めて分かった(1番最初の質問にも関わらず先生同士であーだーこーだの議論が展開されて少々時間がかかってしまった・・・・)

そして、思っていた以上にCGEは機能していない事もこの調査で分かった。内規上では任期が2年なので、2年毎に選挙を実行しなければならないのに、そのままメンバーも代表者も変わらず。しかも、定期的な会合も行われていないし、中間・年度末総括表も提出していない・・・・・。せっかくフェーズ1(2007年‐2010年)でJICAの「教育環境改善プロジェクト(PAES)」がルーガ州で行われ、CGEに対する研修や会合が行われていたはずなのに(きちんとマニュアルも配られている)、機能していないのでは意味がない。

とりあえず、このアンケート調査を通して各学校間だけではなく、村・地区地域全体においても情報共有が行われ少しでも学校関係者、CGEメンバー、保護者達の学校運営に対する意識変化があればなと思う。

2012年9月3日月曜日

Affe村

8月26日、セネガルの友人、Besoumの母方の妹が住んでいる、Affe村に訪問、宿泊してきた。以前訪問したGabuga村より遠い村で、Dahraから約25㎞離れている。

Gabuga村へ行く時と同様、プル族が町に来る時や村に戻る際に乗る車に乗り、いざ、Affe村へ!

このようにトラックの荷台に乗って、村へ行きます。今回行きは1番前の真ん中に座れたので、比較的安全でした!(ただし、帰りは後ろから2番目の端の席だった上に足の下にはヤギがいるという最悪な状態でした。)

椅子の下にはなんとヤギ、羊を載せています。なので、椅子に座ると足の下にヤギや羊がいるというわけです。セネガル人みたいに容易にヤギ、羊を踏みつけられない私はいつ噛まれるか心配になりながら1時間弱過ごすという・・。移動がとても過酷です。

 Affe村へ出発!!!!!!

 Affe村の様子

 赤ん坊、Besoum

家の様子

乳搾り

私も乳搾りをさせてもらったのですが、日本の牛と違って、セネガルの牛は落ち着きがない。牛も人を判断できるみたいで、見知らぬ人に対しては警戒心が働いたり、攻撃的になったりするようです。

Besomの親戚と一緒に

Affe村の給水塔

Affe村の町の様子

Affe村の中心に行くと思った以上に村が発展していると感じた。後から知ったのだけど、Affe村は炭作りで産業が潤っているらしい。違法で造られているそうでなので、あまり公に炭作りはしていないみたい。ちょっと気になるね。

今回、わざわざプル族が乗るトラックで恐怖心に駆られながらも1時間弱かけて村まで行って思った事はそこまで遠くの村に行って活動する必要性ってあるのかなということ。私がよく行くDahraから5,7,10㎞先の村は比較的生活環境(水も電気等)が整っているし、校長先生がしっかりしている人がなぜか多くて学校運営の方も上手くいっている上に援助が継続的に入っている。Dahraの中心までそこまで遠いわけでもないからやっぱり遠くの村で活動したいなとずっと思い続けていたし、奥地にニーズがあるのでは?と思っていたけど、それは偏見なのかもしれない。

1番良いのはやはり近郊の村で継続的な活動ができる事。移動時間に時間をとられてしまったり、バイクで行くにしろガソリン代が1ℓ=850CFA(約130円)で日本より高いくらいなので、生活費から引くとなると結構ガソリン代がかかってしまう.。こうやって色々考えるとやはり近くの村で効率的に活動する方が良い成果を出せる気がする。

とりあえず、バイクは10月に貸与される予定で、思っている以上に落ち込んでいるのだけど(周りに遅すぎるねと散々言われる事も一つの要因)、多分、早い段階で貸与されていたらプル族が乗るトラックに乗って村に行こうとか、村宿泊しようとか一切思わなかったと思うし、まして試みようともしなかったと思うので、これはこれでよしとする。

J'attends que une moto va venir immédiatement!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

2012年8月16日木曜日

Gabuga村訪問

長らくブログ更新しておらず、誠に申し訳ありません。雨季で停電が増え、インターネット環境が良くなかったり、体調不良になったりと、なかなか更新できずにいました。

85日、友人の母方の実家があるGabuga村に行ってきた。任地Dahraから約20㎞先にあり、電気も水もない村なので、水を確保するためには8㎞先の水場まで水を汲みに行かなければならない。家にはもちろん、トイレやシャワーを浴びる場所も確保されていないので、つまり人目のつかない場所を見つけなければならない・・・。

Gabuga村まではDahraから乗り合いバスが出ているので、今回そのバスで私達は村に向かった。そのバスと言われる車は日本でいうトラックにあたるもので、荷台に椅子があり、列が5列に一列6人掛けで座るので、計30人に加え、家畜だの、油だの、野菜だの色んな物を詰め込んだ状態で動くので左右に車が揺れる事が頻繁に起こる。非常に怖いので、もう二度と乗りたくないと思うくらい(でも、乗らないと帰れないので乗らざるをえない・・・)

イメージとしてはこんな感じ(※実際はこんなに人数も荷物もありませんが・・)

車が1日1便しか出ていないので、村での宿泊を覚悟して今回Gabuga村に行った。夕方から村に向かい、翌朝早朝にDahraに帰るという予定だったので、ラマダン中でも大丈夫かなと思いつつ不安を抱えながらの村訪問、宿泊だった。

雨季の影響もあってか、村の景色が緑一色で本当に眺めていて気持ちがよかった。Dahraは田舎といっても、商業都市にあたるので、多少栄えている反面、ゴミが多く町の風景としては汚い。




友人の母方の実家



任地Dahraのマルシェ(市場)付近の一部の様子

今回、Gabuga村に訪問した目的は①前から友人に一度電気もない、水もない村を見にきてほしいと言われていた事、②私自身、村人の生活の様子を見たいという気持ち、今後の活動の参考にしていきたいという事からラマダン中にも関わらず村宿泊に挑戦した。

結果的にGabuga村に行って本当によかったと思っている(次の日には右下腹が痛くなるという事態が起こったのだけれども笑)。というのも、今回、一緒に村訪問した友人と一晩話して彼女が普段思っている事や考え方が分かったし、色々深く話ができて本当によかった。彼女は中学生(15歳)にも関わらず本当に色んな事を知っている。父が医者でフランス、チェコ、ドイツ、アフリカ諸国等出張で行っていた影響を受けているからだと思うけど、アフリカの政治(ジンバブエのムガべ大統領の独裁政治etc)や民族(特にプラールとウォロフの違いについて)、言語(フランス語は西アフリカで使える、プラール語はプル族がナイジェリア、マリ、ブルキナ等西アフリカ諸国にいるため今後使える言語である事)について色々教えてくれた。そして、彼女はプル族であるため、実は普段ウォロフ族に対してウォロフ語を使うけど、基本的に使いたくない、だから私と話す時にウォロフ語では話したくないと言われた。なので、フランス語が使えるチャンスだと思い、頑張って使おうとするのだけど、やっぱり私の頭はウォロフで占められている事を痛感し、フランス語の勉強しよう、話す機会を設けようと心の中で誓った。

水のタンク
毎日水場まで行き、このタンクに水を溜めて使用している

後、今回のGabuga村訪問で私は単純に村や村人が好きなんだなと再確認できた(だからといって、文化人類学者みたいに調査のためではあっても長期間、村でホームステイができるとは思っていないのだけど)、今の職種を選んだ理由や今の道を歩む原点が鮮明になった気がした。がっつり教育系の職種(青少年活動や小学校教諭)ではなく、敢えて村落開発普及員の職種で教育委員会配属の要請を希望したのも町の学校ではなく、村落部の学校での活動(授業の質向上より、学校環境・学校運営に関心があった)を希望していたから。村への執着はきっと、英国留学時代に行ったモロッコの砂漠ツアーでの砂漠宿泊の経験、インドネシアのコトパンジャンダム調査(※)に同行していった村宿泊、訪問に起因していると思われる。

※2009年9月に初めて日本のODAによって建設されたインドネシアのコトパンジャンダムの裁判を知り、それ以降コトパンジャンダム被害者住民を支援する会の活動に関わらせてもらっている。2010年12月に裁判に向けての調査で事務局メンバーと弁護士さんの調査に同行させてもらった。

参考までにhttp://www.kotopan.jp/

結局、振り返ると色々と今まで経験してきたことって今に繋がっているんだなと思う。来たばかりの頃は言葉もままならないし、なかなか生活、セネガル人に慣れなくて日本に帰りたいとさえ思ってしまった時期もあったけど、半年経ってようやく生活も慣れてきて、セネガル人との信頼関係も構築できてきてここに来て心からよかったと思うし、今後の自分の進路においてセネガルでの2年間の経験は必ず活かせるという確信がもてた。

村に訪問する機会をくれた友人、Besoumには本当に感謝。10月から本格的に開始するアートマイルの壁画制作プロジェクトも一緒にやっていこうと思っている主要メンバーの1人なので、これからも御世話になるかと思う。彼女の今後に期待している。

 BesoumとKa一家


KhadyとHawa

 Besoumと朝食

 ミルクと小麦粉を混ぜたもの。名前を忘れてしまった。正直に美味しくはない

パキスタン産の米

2012年6月25日月曜日

優秀生徒表彰式@Melakh

6月22日に某国連職員さん宅での「福井の会」に行くためにダカール上京し、次の日(6月23日)にはMelakhの小学校での優秀生徒の表彰式に参加するため(表彰式参加に至るまでの経緯は5月25日のブログ参照)、ダーラに戻ってきた。

ダーラとダカールで往復バスでおよそ12時間の道のり。いくらフットワークが軽いからとはいえ、結構体力的にきつかったけど、両方無事参加でき、かなり充実した週末を過ごせたのでよかった。

以下、優秀生徒の表彰式の様子。

 クラスの成績優秀者に贈られる贈呈品、ノートとペン等の文房具類が大半

表彰式を見に来ている子供達の様子

 CGE代表者のスピーチ

 Melakhの幼稚園のクラス(なぜか全員がギフトをもらっている?)

 高校の英語教師、Mr Diop、Melakh出身

 私立中学で働くM. Ndiaye、私と一緒にMelakhまで来てくれた。

 ちゃっかり私も名前が呼ばれ贈呈式に参加させて頂きました。

 巡回校Thiameneの小学校で働く先生(1年生担当)

 同じくThiameneの仏語の先生



 Melakh校長、Sidy TallとM. Ndiaye 

ダカール出身Thiemaneの先生達と!

表彰式に参加して、CGEや校長による学校運営がしっかりしている事がよく分かる。ただ、生徒に贈るギフトは結構な費用であるが、その費用はどこからなのか、PAEFのTシャツ贈呈はイタリア援助団体のものなのか?(PAEFはイタリア援助団体がやっているプロジェクト)とりあえず、色々な疑問が尽きないのだが、ひと段落したらまとめて質問しにまたMelakhに訪問しようと思う。

このような貴重な場に参加させてもらえた事に本当に感謝。少しずつだけど、セネガル人にも名前を覚えてもらえるようになったし、後はバイクがきたら村の学校を本格的に巡回して、活動校決めたいと思う。