2012年10月22日月曜日

Séjour en France ① -école de langues français et la famille accueillante-

フランス滞在記 その1:「語学学校とホームステイ」

9月12日~30日の19日間、任国外旅行でフランスに行ってきた。11日間はニースに滞在し、仏家庭でホームステイしながら語学学校でフランス語を勉強、残り8日間(セネガルまでの移動含む)は南仏旅行した。

19日間のフランス滞在はかなり中身が濃かったので、フランス滞在記(その1~その8)という形で綴っていきたい。

まずは「語学学校とホームステイ」について

語学学校 ‐IDIOM@NICE‐

ニースの「IDIOM」という語学学校で実質7日間、フランス語の授業を受けた。
http://www.idiom.fr/

授業内容は以下の通り。

グループレッスン
1限目(8:00-9:30) Vocabulaire 語彙
2限目(9:45-11:15) Grammmaire 文法
3限目(11:30-13:00) Conversation 会話

2回だけ90分のプライベートレッスンを受講(主に会話中心)

語学学校は先輩隊員からの紹介で、スイス、ドイツ出身者が多く、年齢層が比較的高く、そしてフランス語のレベルも高いと聞いていたので、初日のグループレッスンの時にはかなり緊張していた。しかし、私が入ったクラスはDELFでA2くらいのレベルだったので、比較的基礎中心の授業であった(特に文法は動詞の活用、複合過去・半過去、単純未来形・前未来で既に自身で勉強したものであったので、そこまで難しいものではなかった。個人的には条件法・接続法についてやりたかったのだけれども、やはり実質7日間の授業では十分ではないとのこと・・・・)

ちなみにグループレッスンのクラスは自分を入れて計4人の少人数であった。受講者はスイス人(ドイツ語圏出身)、ドイツ人、トルコ人でスイス育ち(ダブル国籍)。スイス人が大体40-50代くらいで、ドイツ人は恐らく50代後半か60代、トルコ人は32歳で皆私よりかなり年上。趣味でフランス語を勉強している人もいたけど、ほとんどの受講者は仕事でフランス語が必要なため勉強しに来ている様子だった(ただ、会社のお金で来ている人がほとんどなので、勉強しつつもリゾート地であるニースを楽しんでいる様子でもあった。羨ましい・・・)

左からスイス人、トルコ人、自分、ドイツ人

語学学校まで行ってフランス語を受講して良かった事は、あやふやだった文法が理解できた事、語彙力が上がった事、会話でフランス語を使用するのに抵抗がなくなった事、そして、フランス語習得に向けて志の高い受講者と日々過ごせた事である。

遠足の機会もあり、今回Collins ChateauとMonacoに行ってきた。先生が引率してくれたので、色々説明を聞きながら回れたのでとても楽しい時間を過ごせた(フランス語を使用するためこれも授業の一環ともいえる笑)。遠足に関しては後に記事をアップする予定!


ホームステイ

ホームステイ先は50代後半の夫婦(ホストマザーはパリ出身で、ホストファザーはイタリア出身ニース育ち!)。ホストマザーは保険会社で働いていて、ホストファザーは電力会社で働いている。子供がそれぞれロンドン、シンガポール等で暮らしていて、年に2,3回ニースに遊びに来るとの事。今回、シンガポールで暮らす娘さんが旦那さんのロンドン出張ついでにニースに訪問。一緒にアルプスを散策した。娘さんは日本(京都)に住んでいた経験があり、日本についての話もできたので楽しかった。(つくづく私がもっとフランス語できたら会話が広がったのにな~と思う事多々あり。)

ホームステイは10日間だったけど、フランス人の生活や文化等知る事ができ、何より実際にフランス語を使える機会がたくさんあったので、本当に良い経験だった。ホームステイ先には後の南仏旅行中、荷物を預かって頂いたりと本当に色々御世話になった。感謝!!!!


アルプスにて

ホームステイ先のアパート

綺麗なアパートで、与えられた部屋も物凄く綺麗で、かなり快適でした(もちろん停電、断水、ネット未接続という状況もない)。エレベーターが物凄く怖かった。(後にエレベーターの写真アップします)

                                                10日間滞在で4回も出た料理


ニースの海岸
(ホストマザーは週3くらいで仕事終わりに泳ぎにきている。凄い体力!)

2012年9月21日金曜日

Bonjour! Je vais présenter le journal de mon activités au Sénégal

Bonjour, tout les monde!!

今、フランス、ニースでホームステイしながら語学学校に通っています。授業が実質7日間なので、かなり短いですが、自費で来ているので、色々吸収してセネガルに帰りたいと思います。

ニースや語学学校に関しては後日詳しく紹介したいと思います。


さて、本題。友人の紹介で「開発メディアganas」(国際協力のトレンド、NGO活動、BOPビジネス、アジア・アフリカ情報発信している団体)で記事を連載させて頂く事になりました。

開発メディアganasとは

【セネガル協力隊がゆく(1)】見知らぬ人との「あいさつ」は情報収集の糸口! 


テーマを一つに絞って記事を執筆するまでに約1ヶ月かかってしまいました。普段、個人ブログでは思いのままに書いているけれど、このようにテーマを一つに絞って文章を書く事の難しさを痛感。。普段から記事を執筆する事も考慮に入れつつ、ネタ集めしていきたいと思います!

自身の活動や経験について情報発信でき、自身について振り返る機会をもらえて、紹介してくれた友人にはとても感謝しています。

加えて、JICAボランティアのサイトにある「World Reporter」でもブログを書かせて頂く事になりました。WORLD REPORTER

今、JICAセネガル事務所で修正最中なので、近々公開されると思います。拝見して頂けると大変嬉しいです。

個人ブログ、開発メディアganas、World Reporterと今後3つのブログを更新していく予定です。文章を書くのが苦手、かつ日本語も苦手(特に漢字)なので、かなり大変な作業になるかと思いますが、文章を書くのも訓練だと思っているので、今後自身の記録を残す事も含めバランス良く掲載していきたいと思います。

改めて、今後も宜しくお願いします。

2012年9月3日月曜日

Permis de conduire et Soirée à LOUGA -運転免許証、送別会@ルーガ‐

8月28日、ようやく運転免許証が発行したので、その受取と先輩の送別会を兼ねてルーガに行ってきた。7月20日に試験を終え、2週間くらいで免許が発行されると聞いていたけど、実際1ヶ月くらいかかっている・・・・・。長すぎる・・・・・。でも、これがセネガルなのです。

念願の運転免許証

次の更新日が2022年4月11日。更新する事はないだろうに・・。わざわざセネガル人の友人が説明してくれました

先輩隊員の送別会

バイクの試験を受けるたびに宿泊させてもらい、御世話になった先輩隊員の送別会に参加させてもらった。料理が上手で毎回、美味しい御飯を頂いていた(ついでにここで花嫁修業兼栄養補充もさせてもらっていた笑)

9月に帰国する先輩隊員宅にて。アカラ(豆をつぶして揚げたもの)を大量に買ってきてくれて皆で美味しく食べさせて頂きました!

9月に帰国する先輩隊員と!衣装が華やか!ちなみに私が着ているセネガル服は先輩から借りたもの。

初レット(編みこみ)をしてくれた先輩隊員の友人、Bane(写真の真ん中に写っている)!仕事にこだわり、誇りをもっている素敵な女性でした。短い髪の毛でやりにくくて本当にすみません。

集合写真。ちなみに全員女子で女子会みたいでした!

Affe村

8月26日、セネガルの友人、Besoumの母方の妹が住んでいる、Affe村に訪問、宿泊してきた。以前訪問したGabuga村より遠い村で、Dahraから約25㎞離れている。

Gabuga村へ行く時と同様、プル族が町に来る時や村に戻る際に乗る車に乗り、いざ、Affe村へ!

このようにトラックの荷台に乗って、村へ行きます。今回行きは1番前の真ん中に座れたので、比較的安全でした!(ただし、帰りは後ろから2番目の端の席だった上に足の下にはヤギがいるという最悪な状態でした。)

椅子の下にはなんとヤギ、羊を載せています。なので、椅子に座ると足の下にヤギや羊がいるというわけです。セネガル人みたいに容易にヤギ、羊を踏みつけられない私はいつ噛まれるか心配になりながら1時間弱過ごすという・・。移動がとても過酷です。

 Affe村へ出発!!!!!!

 Affe村の様子

 赤ん坊、Besoum

家の様子

乳搾り

私も乳搾りをさせてもらったのですが、日本の牛と違って、セネガルの牛は落ち着きがない。牛も人を判断できるみたいで、見知らぬ人に対しては警戒心が働いたり、攻撃的になったりするようです。

Besomの親戚と一緒に

Affe村の給水塔

Affe村の町の様子

Affe村の中心に行くと思った以上に村が発展していると感じた。後から知ったのだけど、Affe村は炭作りで産業が潤っているらしい。違法で造られているそうでなので、あまり公に炭作りはしていないみたい。ちょっと気になるね。

今回、わざわざプル族が乗るトラックで恐怖心に駆られながらも1時間弱かけて村まで行って思った事はそこまで遠くの村に行って活動する必要性ってあるのかなということ。私がよく行くDahraから5,7,10㎞先の村は比較的生活環境(水も電気等)が整っているし、校長先生がしっかりしている人がなぜか多くて学校運営の方も上手くいっている上に援助が継続的に入っている。Dahraの中心までそこまで遠いわけでもないからやっぱり遠くの村で活動したいなとずっと思い続けていたし、奥地にニーズがあるのでは?と思っていたけど、それは偏見なのかもしれない。

1番良いのはやはり近郊の村で継続的な活動ができる事。移動時間に時間をとられてしまったり、バイクで行くにしろガソリン代が1ℓ=850CFA(約130円)で日本より高いくらいなので、生活費から引くとなると結構ガソリン代がかかってしまう.。こうやって色々考えるとやはり近くの村で効率的に活動する方が良い成果を出せる気がする。

とりあえず、バイクは10月に貸与される予定で、思っている以上に落ち込んでいるのだけど(周りに遅すぎるねと散々言われる事も一つの要因)、多分、早い段階で貸与されていたらプル族が乗るトラックに乗って村に行こうとか、村宿泊しようとか一切思わなかったと思うし、まして試みようともしなかったと思うので、これはこれでよしとする。

J'attends que une moto va venir immédiatement!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

2012年8月26日日曜日

KORITE-コリテ‐

8月20日、ラマダン明けのお祭り、KORITE(コリテ)が行われた。お祭りといっても、特に何かをするというわけではなく、親戚一同集まって挨拶して、ラマダン明けにふさわしい豪華な食事(大体肉が入っている)を一緒に食べて楽しむといった具合。

早速、セネガル服を着て、配属先上司、友人宅、大家さん宅に挨拶も兼ねて訪問してきた。

1.配属先上司宅

配属先は隣町だけど、直属の上司がDahraに住んでいるので、休暇許可証や、活動報告書等で何かしらよく訪問しに行く。約1ヶ月ぶりくらいの上司との再会。とりあえず、お土産(炭酸ジュース)を渡し、挨拶をして、その後近況報告や今後の活動計画について話をした。

他のIDEN(教育委員会)や上司の様子については分からないけど、私の上司は比較的ボランティアに対して理解があり、協力的である。10月からようやくバイクが貸与され、村落部の学校巡回(1ヶ月で目標30校)するから再度学校のリストが欲しいと伝えると快諾してくれた。11月には学校関係者、村住民、保護者に対してアンケート調査したいと思っている旨を伝えると「それは良い考えだね」と言ってくれた(配属先によってはボランティアの話に耳を傾けてくれない人もいるとの事なので、話を聞いてくれるだけでも有難いと思っている)。配属先が遠い上に直属上司としかなかなか接点がないのだけど、現場での活動を通して得た情報を伝えていき、それを形に残せるようにできたら配属先にも少しは貢献できるのかなと思う。そのためにも、統計の勉強頑張らないとね。そしてExcel使える優秀なMelakhの校長先生に負けないように!

隣にいるのが私の配属先上司。4月から提出している活動報告書のフランス語を訂正してくれる(笑)。有難い。いつか、訂正する必要がなくなるくらいフランス語できるように頑張ります。

配属先上司の子供達

子供達と一緒に写真撮らせてもらいました


2.友人宅

Gabuga村に一緒に行ったBesoum宅にも訪問し、昼食を頂いた。

ポテト、羊肉、玉葱ソース。これらをフランスパンと一緒に食べる。美味!

かれこれ5回くらい家に御邪魔しているのだけど、未だにお客様扱いをされる。別に悪い事ではないのだけれど、お客様扱いされるような身分でもないし、日本人だからといって、特に彼らに金銭的に何かを与えるつもりもない(セネガルでは日本人=金持ちと思われる傾向にある)。そして彼らもそれを望んで私を受け入れてくれているわけではない事を分かっている(特にBesoumはお土産をもってくるとなぜか怒る)から私はこの家によく来ているのだけど、ただ、座っているだけで毎回ヨーグルトやミルクを頂き、何も手伝わないのはなんだか気が引けてしまうのである。そして、久しぶりにセネガル人宅にいて居心地悪さを感じてしまった。

後、Besoum宅に久しぶりに訪問して感じた事は異なる言語においてコミュニケーションを取る事の難しさ、自分の言いたい事が上手く言えないもどかしさを痛感した。

Besoumの家族は皆大体ウォロフ語できるけど、プル族だから基本的にプラール語で話をする。私も少なからず挨拶程度は覚えて言えるくらいになったけど、会話するまでには至らない。かといって、ウォロフ語も堪能ではないし、フランス語も中途半端なので、会話するのが非常に大変。(ラマダン期間中、比較的家で作業している事が多かったので、久しぶりのセネガル人宅長時間滞在、交流でコミュニケ―ションを取る事が前以上に難しく感じたのかもしれない。)

相手の言っている事が上手くイメージできない事、自分の言いたい事を上手く言葉にできない事がこんなにもどかしいと感じたのは久しぶりだった。恐らくこう感じるのはBesoumやその家族(特に父)との会話が日常会話ではなく、その一歩先、つまり会話の内容が深いからなんだと思う。色々な事に関心をもっているし(その日は日本、中国、台湾間の尖閣諸島問題について色々聞かれた)、言葉一つ一つにおいても、日本語ではなんというか?フランス語、プラール語、ウォロフ語でなんというか?という会話が頻繁にある。日本に関心をもってくれ、温かく受け入れてくれるのは大変嬉しいけど、会話がかみ合わないと多少苛々したり、「フランス語できないもんね。」と言われるとやはり私だって傷つく。

セネガルに来るまで私は異なる言語での会話において不快感、困惑、もどかしさをここまで感じる事は今までなかった。英国留学時でも、イギリス英語になかなか慣れなくて困る事は多少あったけど、会話においてそこまでもどかしさを感じる事はなかったし、英語が分からないといって見下されたりする事はほとんどなかった(ただし、開発学のセミナー(私以外全員イギリス人)のプレゼンの際に一度だけ「Vote」の発音が「Boat」に聞こえて嘲笑されたという苦い経験はある)

最近、Dahraに遊びにきていたセネガル人の旦那をもつOGさんが「その国の言語ができないと話者との間で上下関係が生じる」という話をしていて納得したことを思い出した。セネガルにいる以上、その国の公用語、現地語ができないとその中での上下関係は下にならざるをえない。事実、言語ができない事でセネガル人から馬鹿にされている日本人ボランティアはいる。7ヶ月目にしていまだここまで言語で悩むとは本当に自分は甘かったなと思う。セネガル人との交友関係や信頼関係構築していく事はそこまで大変ではないけど、ここで仕事をする以上、一緒にやっていく以上、やはり言語習得するしかない。日本人=お金持っている、JICAのボランティアとして来ているから何か頼めばやってくれるかもしれない(金銭的な意味合いで)、こんな気持ちだけで頼られるようなそんなボランティアにだけはなりたくないと改めて思った。

3.大家さん宅

最後に昼食、夕食をよく頂き、日々御世話になっている私のアパートの裏に住む大家さん宅に挨拶、訪問してきた。

私の大家さんはDahraで1番金持ちと言われている。現に家にはソニーの40インチくらいの液晶テレビ、ソファ、エアコン、冷凍庫、オーブンがある(私の家より快適)。奥さんが2人いて、そのうち1人がDahraに住んでいる。普段、奥さんは大家さんが経営している店で働いているので、家の仕事は大体お手伝いさんがしている。昼は多くて4人、夜は2人雇っている。こういう暮らしぶりを知るとセネガルは貧しいと言われるけど、単に貧富の差が大きいだけではないかと思う。村に行くとその違いが顕著に分かる。

ポテトフライ、鶏肉、玉葱ソース(ちなみに鶏肉はセネガルでは1番高価な肉である)

昼食の様子。大家さんの家では食事は男女別々である。その理由は単に男性の中に女性が入って一緒に食べるとたくさん食べれないからだそうだ・・。なんか不思議。

大家さんの姉の娘、Mama

タイトルには「Korite(コリテ)」と書いてあるけど、実際内容がこのKoriteを通して自分が思った事とか自身についての振り返りみたいな記事になってしまった。すみません。

ラマダン期間中、セネガル人と会う時間より独りで過ごす時間が増えたせいか色々良い意味でも悪い意味でも考えちゃう癖がついちゃいました。とりあえず、ラマダンも終わったので、フランス行くまでにできる限り活動を進めていきたいと思う。

2012年8月18日土曜日

セネガルに来るという事

今日、先輩隊員と話していて気になる事、自身について振り返る事があったので、ここに記すとする。

先輩隊員は残り5ヶ月で帰国を迎える。そろそろ次の進路について考え、悩む時期でもある。中には仕事を辞めてきている人、新卒ブランドを捨ててきている人、色んな人が協力隊としてセネガルに来て活動している。

その中で私は大学院2年間休学し、その後復学し、就職活動をして卒業を迎える予定である。周りから見ればきっとある意味守られている環境の中、セネガルに来ていると思われていても仕方ない。

どんな環境であれ、状況であれセネガルに来る事を決めたのには何か理由があるはず。それを縁と捉える人もいるだろう。

私が最も気になる点として、セネガルに来る事を自ら決断したにも関わらず帰国後の人の目や反応を大いに気にしている所。

日本人の中には内向きな人もいるし、海外に興味ない人だっている。そういった人から見ればやはりセネガルでの経験は凄いと思われる部分もあるだろう。にも関わらず当の本人達が自身の経験を凄いと思っていないとして周りがそう思う事に対して嫌悪感を抱くのは何か間違っていないだろうか。むしろ関心をもっていてくれる人がいたらどんどん積極的に話していけばいいのではないだろうか。

そうこう考えていると、セネガルに行く事をなかなか決断できないでいた2011年4月から6月あたりの自分を思い出した。あの頃の私は開発分野で働く決意をして大学院浪人までしたものの、いざ大学院に入学してみると周りが就職活動の話をしていたり、協力隊としてセネガルに行こうと思っている話をすると驚かれたりと国際開発研究科なのに同じ志をもっている人の少なさに落胆し、少しばかり自分の進路に対して見直し始めた(協力隊辞めて、就職活動しようかと考えた時期もあった)。色々振り返ると、私は物凄く周りの見方を気にしていたように思う(協力隊後、就職するのが遅くなる事に対する焦燥感も感じていた)。大学院浪人していた時期は周りの見方を気にしてもしょうがないし、自身の達成すべき目標(大学院に合格する事)が明確にあったからあまり気にする事はそこまでなかったけど、大学院に入学してからは自身の中にある目標に対する気持ちが薄くなりつつあった。それも周りの影響があったとはいえ、自身の中のモチベーションみたいなものが十分に確立できていなかったのだと思う。

今でもその目標においてやはり揺らぐ時はある。けれども少なくともセネガルに来て本当に良かったと思っているし、何よりあまり周りの見方も気にならなくなった。興味・関心を持ってくれる人は何かしら連絡をくれるし、自身の活動を応援してくれる人もいる。後は身近な人の理解や応援によって本当に支えられていると感じる。分かってくれる人、よき理解者がいる、それだけで十分だなと思った。

帰国後、就職活動等で全く関心ない人に説明しなければならない場合、かなりのもどかしさを感じる事はあるかもしれない(なかなかセネガルに来た事のない人に全てを説明する事は難しい部分がある、自分の説明能力も関係しているとは思うが・・・・・)。

でも、何より大事なのは何かしら理由、縁があってセネガルに来て、2年間過ごした経験を言葉にできない、自分のやってきた事に自信がもてないのはもったいないと思う。それもこれも相手にどう見られるかを気にしている事が大きな理由だと思う。

色んな隊員を見てきたけど、なかなか自信もってやっている人は少ない。謙虚に見せているだけなのかもしれないけど、私からしたら疑問点が思い浮かんでならない。

そうこうしている間に残り1年5ヶ月。長いように見えて実は短い。この期間内に自身のやりたい事、やれる事は徹底的にやり遂げたい。

2012年8月17日金曜日

Saint Louis noooooooos! -サンルイ旅行-

8月11日、腹痛もおさまり元気を取り戻す!当初予定していたプラン(誕生日をサンルイで過ごす)は実行できなかったけど、遅れてサンルイで友人と無事合流!

ちなみにIsland of Saint-Louis、サンルイ島はセネガルの世界遺産の一つとして知られています(もう一つの世界遺産はゴレ島)。17世紀にフランスの植民地の拠点とされ、1872年~1957年までセネガルの首都として栄えていました。フランス人商人はゴムや皮、象牙などの貿易で島を繁栄させていたそうです。



サンルイ到着後、先輩隊員宅にて荷物を置かせて頂き、スペイン料理屋「SHIKI」にて昼食を頂く。

カルパッチョ、クロケット(コロッケ)、イカフライ、羊チーズ入りパスタ、どれも美味!

SHIKIにて



 サンルイの港

昼食後は、サンルイ島散策!事前に友人が店を把握していてくれたので、すんなりとお店に到着!

 Keur Fall フェアトレードの商品が置いてある。恐らくサンルイで1番高いと言われる服屋さん。ここでストールをゲット!

Rama Collection ワンピース、小物が可愛いお店 

お店の中の様子

コキの端切れ布ポショットがここでも買える。

今回、健康管理員が休暇中で、ダカールで行った病院の診察代や薬代等立替の費用を受け取れなかったため、非常にお金がなく、友人にお金を借り、なんとかワンピース1着、ストール、麻布パンツ、ペットボトルケース、日本に送るお土産等購入。友人には本当に御世話かけました。有難うございます。

そして、11日の夜、先輩隊員が夕食を準備してくれているとの事で、行ってみると、炭火で焼いたタイ、焼きそばが用意されていた。その後、友人がまさかの誕生日ケーキを準備してくれて本当に感動。素敵な良い仲間をもちました!

サンルイ隊員、友人が誕生日を祝ってくれました!

タイをわざわざ炭で焼いてくれ、美味しいエビ入り焼きそばを作ってくれたサンルイの先輩隊員!本当に有難うございました!そして愉快なルーガ州の隊員、まさかのケーキ準備してくれて本当に有難う!皆様、本当に感謝!

8月12日、11日に買い物を十分堪能し、次はホテルでのんびりする事に。先輩からプール付の素敵なホテル「Cap Saint Louis」を紹介してもらい、いざ出陣!

Rama Collectionで買ったワンピース着て、バックパックを担いで準備万端

 ホテルの近くの砂浜

ホテルのプール

 一生懸命平泳ぎしています

いっぱい泳ぎ、はしゃいだ後の一杯は美味し

そして、11日に伊勢海老を捌いて食べる予定が結局食べれなかったので、ホテルのレストランにてリベンジ!感動するくらい美味しかった!
 念願の伊勢海老~~~~ Longouste

サンルイ最後の夜にふさわしい晩餐でした

 食後のデザート(シューにアイスが挟まっていて、上からホットチョコレートがかかっている) シェフの大サービスで3つも用意してくれた。

 伊勢海老、デザート大サービスしてくれたシェフと一緒に。

セネガルでの生活、活動は色々大変な事もあるけど、こうやってリフレッシュしたり、楽しめる場所があるのは本当に有難い。胃腸炎になって大変だったけど、健康体で過せたので本当に良かった。これで暫くDahraで活動、勉強等頑張れそう!

サンルイのマルシェ(市場)でエビも購入したので、エビ料理を堪能しようかなと思う!

Merci beaucoup pour donner des chances de m' amuser à Saint Louis. J'y vais visiter encore.